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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1899号 判決 1960年7月04日

控訴人 溝口映画株式会社

被控訴人 五島真三 外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴会社の定款第五条中「株式総数二十四万株」を「株式総数七十二万株」に改めるとの昭和三十一年一月二十日の控訴会社の臨時株主総会の決議の存在しないことを確認する。

新株二十四万株を発行して発行済株式総数を四十二万株とするとの昭和三十一年一月二十三日の控訴会社取締役会の決議の存在しないことの確認を求める訴は、これを却下する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人、他の一を被控訴人らの各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。本件訴を却下する。「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求原因として原判決事実摘示のとおり述べたから、これを引用する。

控訴代理人は「控訴会社の目的、総株式数、発行済株式数、被控訴人らが株主であること、被控訴人主張の株主総会及び取締役会の存在しないことは認めるが、その決議内容と同趣旨の実質が存在しておる。即ち、控訴会社ではかねてから従来経営していた映画館二館の外に一館新設する必要に迫られ、昭和三十年八月頃から取締役会で協議されて来たが、昭和三十年十一月二十五日の第五回定時株主総会において当時の代表取締役津田良之助から出席株主に対し既に取締役会で決定済の右増資の件について報告と新株引受に関する協力とを要請し、その場において増資趣意書及び新株式引受申込証(会社の発行する株式総数七十二万株なることが明記されている。)が各株主に配布され、なお当日欠席の各株主に対してはそれぞれ同書面が郵送された。右に基き訴外津田良之助ら合計二十九名が新株二十四万株(金千二百万円)の引受をなし、かつ、現実に払込をなし、増資は完了し、この増資によつて昭和三十一年六月新城大勝館が新築された。右の増資について作成された昭和三十一年一月二十日の株主総会議事録及び同年一月二十三日の取締役会議事録は登記手続の形式上作成されたものであつて、増資について各株主も承知しており被控訴人五島真三外当時の取締役はこれに参画しているのである。そして、右両議事録は取締役会の決定に基き顧問計理士が作成し、これに当時の取締役である津田良之助らがいわゆる持ち廻りによつて押印したのである。以上のとおり本件増資は内部的にも外部的にも存在し増加資本は充実されているから、被控訴人主張の瑕疵があるとしても、それは商法第二百八十条の十五に基く新株発行無効の訴によるべきものである。本訴の目的たる決議はいずれも増資に関するものであるが、増資は現実に行われたのであるから、右決議が不存在であるための過去の事実関係の有無確定を目的とする本訴は許されない。本件の各決議の不存在は新株発行に関するものである以上新株発行を無効ならしめる一原因としてのみ意味があるのであつて、決議不存在の確認を求める利益が存しない。また、被控訴人らは控訴会社の右新株発行の日たる昭和三十年十二月二十一日から六箇月以内に新株発行無効の訴を提起しなかつたから、新株発行の瑕疵は治癒されたのであつて、従つてその瑕疵である本件各決議の不存在確認を求める利益も消滅した。のみならず、本件増資の後、昭和三十二年一月十四日株主広部欣一らから商法第二百三十七条による臨時株主総会開催の請求がなされ、同請求により同年二月二十四日株主総会が開催され市川郁らが取締後に選任された。ところが、同年三月六日株主小林強三らから右総会決議無効確認の訴及び取締役八名の職務執行停止代行者選任を目的とする仮処分申請がなされ、同年六月十九日飛鳥田喜一らを職務代行者とする仮処分決定が出され、同年十一月二十九日市川郁ら取締役全員が辞任し、監査役一名も辞任し他の一名はその頃死亡したので、後任取締役監査役の選任を目的とする臨時株主総会が同年十二月二十二日開催され、その結果市川郁外七名が取締役、金子安孝外一名が監査役に選任された。ところで、同株主総会開催前に津田良之助、五島真三(被控訴人)ら十二名から取締役選任につき累積投票によるべき旨の請求がなされたが、この際株主らはいずれも本件係争となつている昭和三十一年一月二十日の増資による持株を所有株として主張していた。因に、この累積投票の請求は撤回され、実質的な和解により満場一致で右のとおり選任され、前記決議無効確認の訴も昭和三十三年一月二十日取下げられた。このように、右昭和三十二年十二月二十二日の臨時株主総会において実質的な和解により満場一致で新役員が選任された以上、会社はこれらの新役員によつて運営されることを株主において承認したものというべきであつて、本訴請求は過去の権利関係の確認を求めるに帰して確認の利益がなく、また、累積投票請求の際の所有株式数は被控訴人らも本件増資による株式を含めて主張して本訴と矛盾する態度を持しており、この点からも本訴を維持する利益がないので、いずれの点からも本訴は却下すべきものである。」と述べ、

被控訴代理人は「控訴会社取締役会で増資して一館増設してはどうかとの意見が出されたことはあるが、増資の決議がなされたことはなく、従つて、昭和三十年十一月二十五日の株主総会の席上代表取締役津田良之助が増資につき報告をしたり、新株式申込書を株主に配布したこともない。新株の払込は渡辺豊作が保管中の控訴会社の金千七百余万円を使用して自己その他の名義を使用して払込をしたのである。本件増資について各株主及び被控訴人ら取締役が関与したこと、議事録に津田良之助が押印したことは否認する。これは渡辺豊作が勝手に同人の印章を押捺したものであり、他の取締役方には持ち廻りの上留守番の者など事情を知らない者から印章を借りて押捺したもので本人の承諾を得たものではない。本件株主総会決議が存在するものとして資本増加の登記がなされており、本件判決によつてその登記が抹消されることとなるのであつて、決議の不存在について当事者間に争いがないとしても確認の利益がある。昭和三十二年十二月二十二日の株主総会において実質上の和解が成立したことはなく、被控訴人人はこれに出席していない。また、同総会において、渡辺豊作が本件増資による新株をも含めた株式数を基本として議決権を計算しようとしていたので、これに対抗するため新株を含めた株数をもつて累積投票の請求をなしたのであつて、本件増資を認容したものではなく、同請求は職務代行者のすゝめによつて撤回したのである。その他の昭和三十二年一月十四日以降の経緯は認める。」と述べ、

証拠として、被控訴代理人は当審証人津田良之助の証言を援用し、乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九、第十、第十一号証の各成立は知らない。同第十二ないし第十五号証の各成立を認めると述べ、控訴代理人は乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九号証ないし第十五号証を提出し、当審証人渡辺豊作の証言を援用した。

理由

控訴人が映画館の経営等を営んでいる株式会社であること、昭和三十年当時その発行する株式総数が二十四万株であり、発行済株式が十八万株であつたこと、被控訴人らがその株主であること、控訴人が主文第二項同旨の臨時株主総会の決議がなされたとしてその旨の議事録を作り昭和三十一年二月三日その登記を終つたこと及び同決議が存在していないこと、控訴人が新株二十四万株を発行して発行済株式を四十二万株とするとの昭和三十一年一月二十三日の控訴会社取締役会の決議がなされたとしてその旨の議事録が作成され、同年二月三日その登記がなされたこと及び同決議が存在していないことは当事者間に争いがない。

控訴人は「増資は昭和三十年八月頃から取締役会で検討の上決議され、同年十一月二十五日の定時株主総会で代表取締役津田良之助がこれを報告し新株申込証を配布し欠席者にはこれを郵送し、その結果新株引受の申込がなされて株金の払込が完了したのであつて、増資は実質上完了しているから、本件訴は確認の利益がない。」と主張する。右定時株主総会が開催されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第十三、第十四号証、当審証人渡辺豊作の証言により成立の認められる同第一、第二、第三、第六、第七号証、第八号証の一、二、第九、第十、第十一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる同第四、第五号証、右証人の証言(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、控訴会社取締役会では、映画館の増設について昭和三十年八月頃から検討した結果、定款を変更し会社の発行すべき株式総数を七十二万株とし、新株二十四万株を記名式額面普通株式、発行価格一株につき金五十円、払込期日同年十二月十五日として発行することを同年十月二十日決議したこと、同年十一月二十五日の定時株主総会において代表取締役津田良之助が会社の発行する株式総数を七十二万株とし新株二十四万株を前記の条件で発行する旨説明し、増資趣意書及び新株申込書を配布して新株の応募を求めたこと、右株式数の定款変更は議案として提出されたものではなく、これに対する決議もなされなかつたこと、また株主からこれに反対する意見も述べられなかつたこと、新株は同年十二月十五日を払込期日として公募され、津田良之助らが引受をなし、同年十二月二十一日までに株金の払込が完了したこと、よつて、控訴人が前記各議事録を作成してその旨の各登記を完了したことが認められ、右認定に反する当審証人渡辺豊作、津田良之助の各供述は措信できない。そして、右認定の如く株主総会の席上代表取締役が会議の目的となつていない定款変更に関する事項を説明し、その決議をとることなく終つた場合は、株主から反対の意見が出されなかつたとしても、実質的に定款変更の特別決議があつたと認めることはできないのであり、その他控訴人が実質的に定款変更がなされたと主張する事実があつたとしても、これをもつて定款変更の特別決議のあつた場合と同一に考えることはできないのであり、また、後記のとおり昭和三十年十二月十五日新株二十四万株が発行され、新株発行無効の訴の提起期間が過ぎ、発行済株式の総数が四十二万株となつたとしても、これによつて株式総数を二十四万株と定めた定款が変更されることにはならないのであるが、控訴人は前記のとおり昭和三十一年一月二十日に定款変更の決議がなされたものとして登記をなし、かつ実質的に定款の変更があつたと主張して被控訴人の主張を争つているのであるから、被控訴人らは右株主総会決議不存在の確認を求める利益があるといわなければならない。

次に、前記認定事実によれば、昭和三十年十月二十日取締役会が開催されて新株二十四万株を発行する旨の決議がなされ、控訴人が新株を同年十二月十五日発行し、右新株発行について昭和三十一年一月二十三日取締役会の決議がなされたとして決議録を作成して株式発行の登記をなしたのであるから、右新株の発行についてはその必要とする取締役会の決議を経ているのであつて、取締役会の決議がないとの瑕疵は存しないのであり、かつ、新株発行の無効は発行の日から六月以内に訴をもつて主張すべきところ、弁論の全趣旨によれば、同期間内にその訴が提起されていないと認められるから、新株発行について無効の原因があつても、もはやこれを主張できないこととなつており、いずれにせよ、右新株の発行は有効であるといわなければならない。従つて、昭和三十一年一月二十三日に新株発行に関する取締役会の決議のなされていないことは控訴人の争わないところであるが、右決議の不存在を確認しても新株発行の効果を左右することにならず、その他控訴人との権利関係を確定することもないから、確認の利益がないといわねばならない。

従つて、被控訴人の定款変更の株主総会決議不存在の確認を求める部分は理由があるので認容し、新株発行の取締役会決議不存在の確認を求める訴は確認の利益がないので却下する。

よつて、右判断に一致しない原判決を変更することとし、民事訴訟法第九十六条第九十二条第九十三条により主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 渡辺一雄)

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